毎日12時間座って仕事をしているプログラマが富士山に登ったらどうなるか
2008.07.22 Tue
富士山に登ろうと同僚に誘われたのです。さして興味はなかったものの、食わず嫌いはいけない、どうせ自分で自発的に行くことはないのだから一生に一度ぐらい登ってもいいじゃないかという思いで、半分いきおいで行くことになりました。
結論としては、富士山に登る意味なし。
ただひたすらに耐える・・・
それだけです。
「富士山に登った!」という自己満足、達成感も沸いてこない
山の上から見る日の出、雲を上から見下ろす景色、たいした感動はありませんでしたし。←ホントだよ!
圧倒的的な悲惨、それが思い出。
まず、登り始めて20:30、頂上に着いたのが5:00。もちろん、休憩もしましたがそれでも長すぎ。人が多すぎたみたいです。上のほうに行けば、どこも2,3人分ぐらいしか横幅のないところにぎっしり人が詰まりました。大渋滞です。5歩進むのに1分ぐらいかかりました。気温0度ぐらいのところでずっと止まっているわけです。
しかも山頂の強風で防寒着も突き抜ける。上を見れば、まだ見えてこない頂上。どんだけ登れば終わってくれるのかわからない。引き返すこともできない。逃げられない。登るしかない。しかし、進まない。運よくスムーズに行っても今度は疲労が。もう一歩も動けないという壁を何度越えたことか。。
そして、頂上へ来た。今度は降りないと・・。降りた時間は、7:00〜10:30。登りみたいに進まないわけではないのでまだまし。
ただ我慢するだけ。すべる、足がもぐる砂利道。下りるの半分、滑らないようにブレーキをかけるの半分で進ませる作業。それを我慢してこなしていく。ルーチンワークみたいなもん。何時間かたてば、この拷問も終わってくれるだろうと夢見て、ひたすら耐える。
登った後だってのに、なんでこんなに後味がおいしくないんだ!?
つらことの後には、何らかの達成感みたいなのがあっていいのではないか、何で沸いてこないんだ。
理不尽に辛い思いをさせられたための苛立ちしか残らなかった。

